お尻が濡れる食えないやつ

仲村清司

2005年05月11日 16:35

俗に「食えないやつ」という言葉がある。わるがしこくて気が許せない人間のことをいうが、先日その食えないやつを食う機会を得た。 

もちろん人間ではじゃあないよ。「インガンダルマ」という魚である。深海魚だから、そうは捕れるものではなく、幻の魚と呼ばれている。

分布は太平洋、インド洋、大西洋にかけての熱帯〜亜熱帯水域。沖縄では大東島周辺ではたまにハエナワにひっかかる。大きいものでは70〜80キロにもなるのだが、地元の漁師によると「豚みたいなヤナカーギ(ブス)」なのだそうだ。

しかし、刺身にすると大トロ級のウマサで、焼いても、炒めても、干物にしてもウハウハ的に箸がとまらなくなるらしい。
とはいえ、どんなにあとをひくウマサであっても、その箸はとめなくてはならないのだ。なぜかというと、この魚、脂ののりがよすぎるのである。

ここで「え?」と思った人もおられよう。そうなのだ。魚というのは脂が多いほどウマイはずなのだ。一般に沖縄の魚は脂ののりはよくないのだが、その少ない脂分を補うために油で揚げる料理が発達したともいわれている。沖縄名物のグルクンの唐揚げなんてのはその代表例といっていい。

そんななかにあって、インガンダルマに限っては脂ののりがよいのである。「だったら、パクパクやりましょう」といきたいところなのだが、実はその脂が問題なのである。なんと、この魚、吊すとボタボタ滴り落ちるほど脂が多いのである。しかも、その脂には人間の消化器官では吸収できないワックス成分が多量に含まれている。だから、食べすぎるとワックス成分が知らずに肛門からじわじわと染み出してくるというのである。


したがって、厚生省から流通禁止措置が出ているのだが、ただ、脂そのものは毒物ではないので自分で食べるぶんにはけっこう。産地の大東島では昔からこれを食する習慣があったのだが、インガンダルマとは「犬がダレる」という意味。こんな呼び方をしているぐらいだから、地元の人も食べ過ぎにはよほど注意してきたのだろう。

僕は以前からこいつに目を付けていて、「そんなにウマイのなら多少の脂漏れがあっても許す! ぜひとも食いたい」と周囲に吹聴していたのだけれど、ついにこのたび、あるルートを通してこれを入手することに成功したのである。


で、イカモノ大好きの同士3人とこの禁断の珍味を食おうということになったのだが、われわれにはコワイ妻がいる。その妻に、洗濯カゴの中に脱ぎ捨てた脂漏れパンツを発見されたらどうなるか。「あんたコレなに!いい年こいて、なにごと!」と、半殺しの目にあうのは火を見るより明らか。だからといって、「これはウンコではない、脂なのだ」といったとしても、よけいに話がこんがらがるだけだ。


そこで、全員紙オムツを履くことにした。いささか情けない格好になったが、これで準備万端である。
入手したのは干物タイプのもので、たくわんのように細長くなっていた。これをスライスしておそるおそる口にしたが、加工の段階で脂抜きされているせいか、いわれているほど脂っこいとは感じなかった。味のほうも鶏肉の燻製を食べているような感じで抵抗なく食える。


結局、20センチほどのブロックを全部食い尽くしたのだが、結論からいうと、やはりお漏らししておりましたね。僕はその日のうちに、二人は翌朝グリース状のソレと対面することになった。念のためいっておくと、5切れ以上食べるとどんな人でも出るのだそうだ。

というわけで、紙オムツを燃えるゴミの中にポイしたのだが、さぞかし、よく燃えたことであろうよ。なにしろ、脂まみれでしたから。