てぃーだブログ › 仲村清司の沖縄移住録@2018 › 2009年12月

2009年12月30日

やっぱりわたしはバカだった。

極寒の歓楽街で仕事をした。

「生きては苦界、死しては浄閑寺」……、
吉原は江戸の時代から何もかわっていないどころか、
まさにこの世の生き地獄、現代の奴隷だった。

そんな哀れきまわりない女たちの話を
まる二日間にわたって聞いているうちに
いろんな人たちの顔が浮かんできた。

昔は旦那衆からの身請けがあって抜け出すこともできたが、
いまはそれもない。

現代の貧困が恐ろしいのは、
どんなにもがいても、貧困から這い上がれない構造ができあがっていることだ。

ある女は「あとは奇跡が起こるのを願うだけ」といった。

貧困は未来を奪う。
年金に入っていない彼女たちは老後も厳しい生活が待っている。
生き延びれば延びるほど苦界のうちをさまよわなければならないのだ。

自分にできることは何か、思わずそんなことを考えていた。


凍てつくような町を徘徊したせいか、
今日になって、朝から激しいせきと、鼻水がとまらない。

おそるおそる体温計で測ると、
あいや〜37度8分。ネッパツしとるがなぁ。

ついに、ひいちまったようですなあ。

バカは風邪をひかないというから、
いちおう、バカでなかったことが証明されたわけだが、
いったい、どういうわけで、そういわれるようになったのか。

調べてみると、

★愚鈍な者は、風邪を引いたことすら気が付かない。それだけバカは鈍感ということらしい。

なるほど、このクサレ頭も
こういうバカのたぐいからは免れてはいるというわけか。

と拍手パチパチしていたのもつかの間、
こういう解釈もあるらしい。


★「馬鹿は冬に風邪を引いて夏に気が付く

なにやら心当たりがあるような。
わし、↑の仲間のような気がするがーん

ゴッホゴッホ! いよいよ激しくなってきた。   

Posted by 仲村清司 at 17:37Comments(7)

2009年12月25日

そこのあなた、危ないよ。

毎日ビール大瓶を1本以上飲むような飲酒量の多い女性は、




飲まない群の1.75倍も乳がんになりやすいことが
厚生労働省研究班の大規模調査で分かったらしい(40〜69歳の女性約5万人対象)。


あの人の顔がすぐに浮かぶ。
彼女もそうだ。おお、あの人も。
そういえば、あの人もぴったし該当する。


こわいのう……。

ついでいっておくと、


フィンランド・ヘルシンキ大学医学部の報告によると、
少なくとも月1回、1日にビールやワイン5本以上飲む人は、
飲まない人よりも、




なんとなんと、




3.2倍も認知症(痴呆) になる危険性が高くなるという。
しかも……、
年に少なくとも2回「酔いつぶれる」経験のある人は、
なんとなんとなんと、




10.5倍も認知症(痴呆) になる危険性が高いことを認めたという。

あの人は完全にその部類だ。
あの人だってそうだ。
おお、あの人など、もはや確定的な飲み方をしているではないか。

といいつつ、
ワタクシも痴呆症まっしぐらの飲酒歴であった。

というわけで、
みなさん、そのときは介護よろしくといいたいところだけど、
まわりの連中は該当者だらけで、誰もあてにできないし。

それにしても、痴呆症同士で支えあう姿もブラックなものがありますなあ。
  

Posted by 仲村清司 at 21:47Comments(12)

2009年12月23日

最悪の展開

ほぼひと月以上にわたって、
本籍地の大阪や東京から戸籍謄本を取り寄せ、
亡き父の預金口座封鎖解除の手続きをやってきたが、
本日夕刻、金融機関から結果が出た。


「謄本に不備があることを本部から指摘されました。
ご足労かけますが、お客様の祖祖父の代までさかのぼった謄本を
取り寄せてください」

はあ? 祖祖父って、あんたねぇ。僕はあったこともない人だぞ!
祖父のその前の代といったら、慶応年間から明治維新頃の人ではないか。

おそれていたことが現実になったわけだが、
そもそも、そこまでさかのぼらないと父の存在証明ができないという
銀行の理屈が僕には理解ができない。
いったいどういうことなのだ!


それになあ、口座を解約するときは
そこまで面倒な手続きが必要になることを、
契約時に顧客に伝えるべきだろう。

どなりつけてやりたいほど頭にきたが、
怒りを鎮めて、素朴な疑問をぶつけた。

「わかりました。でもその謄本はどこにとりに行けばいいのですか?」

「まず最寄りの役所に行かれて、そこから辿られたらいかがでしょう」

「ふーん、でも沖縄は先の戦争で消失しているおそれもあるのでは?」

「そういうケースもあります。その場合は、消失したことを証明書を発行してもらってください」

「どこで?」

「……。えー、それは私にもわかりかねますが、まず最寄りの役所に行かれて聞いてください……」


役所と銀行って、なにやらやることが似すぎているなあ。

この問題、どうやら越年しそうな気配。
本格的に、暗礁に乗り上げましたな。トホホ。
  

Posted by 仲村清司 at 14:09Comments(7)

2009年12月20日

かつてない試練と格闘中!

あがいている。もがいている。
しかしどうあがいても、もがいても、八方ふさがりなのだ。

それでもなんとかしなくちゃいけない。

最近の研究によると、危機的な状況に陥って必死にあがくときは、
脳の中にある種の脳内物質が分泌されて、
科学では証明できない奇跡的な力や、不思議な出来事をもたらすそうだ。

火事場のクソ力や、アンビリバボーな劇的な体験というのは、
どうやらそれらしい。

目下のところ、まだ、そのような出来事が起こっていないということは、
脳内物質が分泌されるほどの努力をオレがしていないということであろう。

ただ願うのではなく、
こうして書いて表現することも努力につながるらしい。
ふむ、もう少し粘ってみよう。もっと煮詰めてみよう。



絶対、なんとかなる。
なぜなら、オレは
これまで何度も、なんとかやってのけたのだから。
きっと救える。救うのだ!
  

Posted by 仲村清司 at 00:36Comments(3)

2009年12月17日

緊急報告! 沖縄限定おでんだね登場!

沖縄のコンビニには、
ポーク玉子おにぎりや、塩おにぎり(具のないおにぎり)、フーチャンプルー弁当など、ご当地限定沖縄商品が数多くならんでいるけれど、これにはびっくり。


おでんの具材に、なんと!!!、「沖縄そば」が仲間入り。
どういうことかというと、大根、玉子、こんにゃく(ちなみにこれがワタクシの黄金の三点セット)などと、おでんをチョイスするでしょ。

そのさいレジの人に、

「沖縄そばも!」

と注文すれば、専用カップにレンジで暖めた沖縄そばと、
おでんのだし汁を、どばっと入れてくれるのですねえ。



ただし、いい年こいたワシのようなおっさんが、
「沖縄そばもニコニコ!」なんて、
レジの女のコにニンマリ顔でいうのは、
とっても気恥ずかしいものがあるのです。


でも、勇気凛々ファミマに足を運びました。

「えと、あの、そのぅ、沖縄そばを入れてもらえますか……宇宙人

お金を払うと、逃げるように小走りで持ち帰りましたが、肝心のお味はというと……。
本来の沖縄そばの鰹と豚の合わせだしの味とはずいぶん違うけど、
おでんだしで食べる沖縄そばのテイストもなかなかのもの。


おでんは寒い冬の酒の肴になるし、
これに沖縄そばが入れば、つまみにもご飯にもなるというわけ。
昨夜はそのおでんとそばをつまみながら、
焼酎ハイボールをくいっ! 沖縄そばをずずっ!




これならぬる燗の清酒にも合いますな。
せっかくだから、
ネギをたっぷり刻んで薬味にするとなおチョキですね。

●ファミリーマート 沖縄そば130円。
  

Posted by 仲村清司 at 20:17Comments(14)

2009年12月15日

緊急電!! あの店に出向こう

深刻な不況で、
拙著『沖縄とっておきの隠れ家』で紹介した酒場が
どこもかしこも閑散としている。

http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4777907376/reckanet-22

僕の行きつけの店のほとんどはカウンター形式のお店なので、
忘年会では利用しにくい。
なので、毎年この時期の売り上げは厳しいのだが、
それでも二次会・三次会で利用してくれるお客がけっこういた。


が、今年は全体的に二次会・三次会に繰り出すお客が激減し、
わが隠れ家もそのあおりをモロに受けて、
存亡の危機にさらされているお店も少なくない。



本を出版した3年前はこんな時代になるとは予想もしなかっただけに、
先行きががとても心配だ。

そんな中、行きつけの酒場が3周年を迎える。
盛大にお祝いしてあげたいのだが、
この店も不況のせいか、お客の反応はいまひとつらしい。

僕が云々するのはたいへんおこがましいのだが、
「三日、三ヶ月、三年」という言葉もあるように、
石の上にも3年がんばったお店で、
主人の人柄も料理も、いい味を出しているお店なのである。


読者の皆さんもどうぞ足を運んでいただきたい。
そして、こんな時代だからこそ、ごひいきにして大事にしてほしい。

http://buchikunrock.ti-da.net/

『おとん』
●日時:12月20日 日曜日  18時より
●料金:1500円
鍋物、鉄板焼き、おでん 「おとん」のメニューから何品か。
生ビール1杯付き。
●那覇市字安里379-21
●18:00〜24:00   090-9049−1723
●定休日 木曜日+不定休   

Posted by 仲村清司 at 23:28Comments(7)

2009年12月13日

生活苦

「ボーナス出せません……」
「年越せるかなぁ……」
「夜逃げするかなあ……」
「仕事がみつかりません……」
「店、たたみます……」


mixiをしている知り合いの日記のタイトルである。
年の瀬になったせいか、最近は切実なつぶやきが多くなっているが、
人ごとではない。


僕が関与しているお店も、今年は赤字転落の見通しとなり、
知り合いが経営していたスナックも、
先月から今月にかけて3軒も店を閉めた。

バブルがはじけてから景気のいい話はとんと聞かなくなったが、
これほどまでにひどい年はなかったように思う。

あるいは「貧困」という言葉が
ごく普通に使われるようになったのも生まれて初めてのことではないか。
中流家庭とか中産階級が流行語になっていた頃が
まるでウソみたいな話だ。


僕の子どもの頃も貧しかったが、
食べ物が粗末でも、身なりが貧相でも、
それほど世相は暗くなかったように思う。


ひとかけらの肉しか入っていないカレーライスや
ひとつ10円のコロッケや
薄っぺらくのばしたハムカツであっても、
当時は十分にごちそうだった。

どの家庭もギリギリで生活していたから、
弁当のおかずや食べるおかずもあまり差はなく、
その頃はみんな同じものを食べていたように思う。

世の中が生き生きとしていたのは、
貧しくても目立つような格差がなく、
いまは発展途上であっても、「二年後三年後こそ!」
と踏ん張れたからであろう。


そんな苦しい生活を強いられながらも、
親は子どもたちを学校に進学させようと懸命に働いた。
進学率はうなぎのぼりで上がり、
僕の世代になって高校の進学率は9割を超えた。


ところが、いまは深刻化する雇用悪化と貧困から
授業料を払えずに高校を中退する生徒が急増し、
「貧困中退」という言葉まで生まれている。

その数、年間7万人超。
授業料を滞納している生徒数も、
昨年だけでも、7か月間で3倍増に達したらしい。


ある学校では入学したとき200人いた生徒が、
卒業時には120人に激減し、
なかには半数以上が中退したクラスもあったという。


中退した子どもは将来に希望が持てず、
貧しさからくる無気力で引きこもりに陥るケースも少なくなく、
親を憎んで恨む傾向も強いという。


子どものために貧困から脱出しようと懸命に働く親が、
手塩にかけた子どもから恨まれる……。

その記事を読んで、不覚にも涙がこぼれた。

昔の貧しさと、いまの貧困の決定的な違いは
未来に期待がもてない点だ。
恨まれるべきはそんな劣悪な貧困社会をつくりあげてしまった政治家であって、
汗水流し、身を粉にして働いている親ではあるまい。


満足に学校にもいけない子供たちが今日も拡大再生産されている。
子どもの制服すら買えない家庭も激増している。

麻生前首相はそんな日本を「世界NO2の経済大国」と誇らしげにいい、
必要なのは「自民党だけが実行できる責任力だ」と豪語した。
いったいどういう神経をしているのだろう。

「子どもがいなければとうに自殺している。このままでは自殺すらできない」
とは、先日リストラされた僕の友人の言葉である。

やりきれない……。
何の救いの手も差し伸べられない自分が悔しくて腹立たしい。




  

Posted by 仲村清司 at 15:09Comments(4)

2009年12月11日

かんべんしてくれい!

今日も朝から社会保険事務所に出向き、
亡き父の年金受給停止手続きに奔走。
本籍地の大阪から取り寄せた謄本を提出し、
いちいちの審査を経て、ようやく受理された。

その後も休むひまもなく、ヒーハーヒーハーしながら、金融機関へ。
人は亡くなると、相続上のトラブルを避けるため、
故人の口座は誰もさわれぬよう一時凍結される。

これを解除するためには、
故人の出生から死亡にまで連続している本籍地の戸籍謄本が必要になる。

これを大阪から取り寄せるのが大変なのだ。

なんとなれば、父の出生を証明するためには、
父を産んだ父母、
すなわち僕の祖父母の戸籍までさかのぼらなくてはならないからだ。

祖父の生まれた年は1900年。
すなわち明治33年生まれで、
その年は清国の孫文が日本に亡命した年にあたる。

その清国では欧米列強(!)に対して義和団が反乱を起こし、
日本では幕末に暗躍した山県有朋(!)が内閣を総辞職し、
立憲政友会総裁・元老の伊藤博文(!)が第10代内閣総理大臣に任命されている。

もっといえば、僕が敬愛する新選組の2番組長の永倉新八や、
3番組長の斉藤一がまだ生きていた時代なのだ。

要するに歴史的世界の時代から、戸籍謄本を引っ張りだしてこなくては、
祖父の存在も、父の出生も証明できないというわけだ。

こういう事情を大阪の区役所に口頭で説明し、
明治の世から、父の死亡が記載された平成21年の戸籍謄本まで
連続してつながる謄本にしてくれと戸籍担当の人に依頼したのであった。

が、しかし……。

わが祖父も父も沖縄生まれ。
その沖縄で暮らしていた時代を証明する書類は
沖縄戦で消失しておそれもあるし、
大阪に移り住んだ頃は、戦後の混乱期だったので、
祖父が役所に届け出していないことも十分に考えられた。

待つこと10日で6ページに及ぶ戸籍謄本の原本が送られてきたのだが、
はたしてこれで正解なのかどうかは、むろんこちらにはわからない。


金融機関の担当によれば、
これを東京の専門部署で鑑定させて審査し(むろん母、僕と弟の戸籍も鑑定に出される)、
晴れてそれぞれが本人であることが証明されれば、
凍結された口座は解除されるという。


ちなみに、本日、書類を提出した金融機関に預けている
父のお金は10万円にも満たないのである。
そのためだけに遺族は、
これほどまでの面倒な作業をそれぞれの金融機関に対して
処理していかなければならないのだ。


「書類不備か何かで、もし、父との続柄が証明されなければどうなるのですか?」と銀行の担当に尋ねると、
「さぁ、わたしは直接の担当ではないのでわかりかねます。もし、問題があれば東京の本部からお宅様に連絡させますので……」だと!


ほんに、疲れましたわ。
これで謄本の不備が発生すれば……。

もはや電話でのやりとりではラチがあかないので、
あたしゃ、本気で大阪に飛行機ます。

  

Posted by 仲村清司 at 18:56Comments(9)

2009年12月09日

秋の夜長は 長すぎるぅ……

月がとってもきれいから(なんて歌がありましたなあ)、
隠れ家に出向きたいところですが、
懐もさびしく、なんだかぐったりしてしまったので、
今宵は自宅で「こもり酒」とまいりましょう。

酒をちびちびやりながら、
句でもひねってみましょうかね。


  「手酌酒 まどろみし身に 月わたる」


うーん、いまいちかな。 
深まる秋の夜は、やはり、わけあり女に酌をなんぞしてもらわねば……。


  「秋の夜に ほろ酔う女の 酌を受け」


むむむ、字余りかぁ。ではさしつさされつ、
相方にはぬる燗を重ねてもらいましょう……。


  「美女酔うて 細きうなじは さくら色」


いやいや、季節が秋なのに、さくらはないよなあ。
僕の場合は、女の相方は似合っていないのかねえ、やっぱし。

 
  「一人酒 深き秋夜に 酒吐息」

  

Posted by 仲村清司 at 21:48Comments(4)

2009年12月08日

人は死んだらいくらかかるか?

父が亡くなって二十日あまり。

いまだに、役所に提出する書類の手続きに追われている。

死亡届、死体火(埋)葬許可申請、世帯主変更届、国民保険無効届、生命保険死亡届、遺族共済年金手続き、各共済会葬祭料申請手続き、電気・ガス・水道会社・NHKの名義変更及び銀行引き落とし口座の変更、貸金庫の凍結手続き、国民年金の遺族基礎年金請求、国民年金の死亡一時金請求、預貯金名義変更、などなど、
これらの手続きを死後、10〜14日に以内に処理しなくてはならない。

いちばんやっかいなのは、
死後10日以内にやらねばならない年金受給停止手続きだ。

これには戸籍謄本をはじめ何種類もの書類が必要なのだが、
父母の本籍は大阪、僕は東京にあるので、それぞれの区役所から、
家族全員の戸籍謄本をそれぞれ10数枚、合計40枚以上も取り寄せなくてはいけない。

しかも父の場合は、出生から死亡まで連続している戸籍謄本が必要なので、
法律が改正されている年ごとの戸籍謄本が必要になる。
法律改正した年など、一般人が知るはずもないのに、
社会保険事務所は容赦ない。

「取り寄せてください!」

その申請手続きの文面も遺族が考えなければならず、
これに返信用の封筒と切手、
発行する枚数分の手数料に匹敵する定額小為替を同封して、
大阪と東京の区役所の戸籍担当係に送付する。

役所とのやりとりや、書類の送付・受け取りやりとりで
ゆうに10日はかかるというのに、
社会保険事務所は10日以内にやれだと!

沖縄は公共交通が整備されていないので、
社会保険事務所は車でいかねばならず、
新都心に移転した那覇市役所も車でないと行けない。

しかも、書類はすべて新しい世帯主本人(すなわち母)が記入することが義務づけられている(そうでない場合はすべての書類に委任状が必要)ので、年老いた母を一日中引っ張り回さなくてはならない。

年寄りは字を書くのも一苦労だ。が、役所は容赦しない。
おまけに、目を通すべき書類の字や記入欄はは小さくて、
僕でも読みづらいし、書きにくい。

住民票などの書類不備で、記入漏れ、書き損じで、
いままで何度突き返されたことか。

これでは手続きは遅々としてすすまない。
そのため、母は4万円もする老眼鏡を買い直すはめになったのだが、
とにかく、こうして遺族の一日は暮れる。


僕は父が死亡してから役所漬けの毎日となり、
いまもって20日連続で仕事ができない状態に陥っている。

かといって、母はなにもできないので、
手続きにかかわる負担はすべて僕にのしかかる。
サラリーマンならとうに首になっているのではないか。

年寄りいじめとしか思えない行政手続きと、
その仕組みのなんたるかを
まざまざと見せつけられた。

ちなみに役所から何十枚も取り寄せる印鑑証明や戸籍謄本、
住民票の手数料にかかったお金は約5万円。

これに葬式費用(うちは家族葬なので安いほう)や、
事務処理費用、お返し、喪中はがきの印刷、通信費、初七日、四十九日の法要費用などを含めると、150万円ほどかかる。
最終的にはおそらく200万円近くにのぼるだろう。

人は死んでからも金もかかれば手間もかかる。
簡単には死ねないなと、つくづくそう思った。   

Posted by 仲村清司 at 19:37Comments(6)

2009年12月04日

不正まかり通る

入院や手術などでお世話になった医師への「謝礼」「心付け」。

最近は「職員への謝礼はお断りしております」
といった張り紙を出す病院が多いが、
それはあくまで建前で、
先ごろ他界した父が入院した病院ではふつうに金銭のやりとりがされているようだ。

明日、治療費の支払いでその病院に出向くのだが、
母と弟は社会的常識だとして、3万円を包むという。
しかもその金を長男である僕が差し出せという。

冗談じゃない!

病院へは保険から決められた金額が支払われているのだ。
なのでそれ以上の金は必要ない!

ということを僕がいいだしたとたん、
親子兄弟は侃々諤々の議論になり、
家族内に決定的な不和が生まれた。


聞けば、前回の手術のあとに、母と弟は3万円を包み、
医師はすんなりうけとったという。
で、明日はさらに、他界した父を担当したその医師にまた3万円包むというのだ。

こういう習慣がまかり通っている現実もおかしいけれど、
人によっては30万円払う場合も少なくないという。
ここにも格差社会がある。

医師のモラルもさることながら、
医師を神とあがめて銭を支払う患者家族の作法にも
問題があるといわねばならぬ。

ある製薬会社の友人によれば、
そんな金を医師が平気で受け取るように仕込んだのは
自分たちだと暴露した。

どういうことかというと、製薬会社と医師の癒着の構造ですな


製薬会社は自分たちが開発した薬を病院に導入してもらうために、
見込みのある医師には
若い頃から接近してあれこれ面倒をみて囲い、
勤務医になってもゴルフ、クラブ、女、海外旅行などなど
徹底的に接待漬けを続け、医師を籠絡するというのだ。


そういうことをやっている製薬会社の営業職の人を何人も知っているが、
たしかに彼らのなかには金銭感覚が麻痺しているヤカラが多い。
僕の周辺でも、
妙にプライドが高い人がいたり(なんせ自由に動かせる接待費は半端じゃないからね)、
製薬会社のくせにタバコを酒場のカウンターでプカプカふかせたり(少しは非喫煙者に気を利かせろよ)、
夜毎女の尻を追っかけまわしたり(松山でキャバクラに入るその営業マンを何度も見かけた。こやつは知り合いの店に通っていたのでよく知っているのだ)と、どうもたちのわるい人が多い。

ちなみに、業界別のいちばんのグルメは製薬会社の営業マンらしい。
なにしろ高給取りの医師の接待を仕事にしているわけだから、
舌が肥えるのも当たり前ですな。


ある営業マンなどは、
「世の中どんなに不況になってもオレらは安泰だ。なぜなら病気にかかる人間は永遠に存在するからだ。なので、製薬会社はつぶれない。おれたちの天下は揺るがない。ガン、脳卒中、新型インフルエンザ、万々歳!」
といってのけたものだ。


つまり、病院で使われている薬は製薬会社の
その接待漬けの代償だというわけだ。
おそらく何千万ものお金が動いているはずだが、
その先に、たかだか数万円程度の患者からのつつましい心付けがある。

医師にとって、箸にも棒にもひっかからない金だろう。
にもかかわらず、医師を神とあがめてやまない市井の人々。
すべてが狂っている。

明日、僕はどんなことがあっても、医師に謝礼は支払わない。
それでも家族の誰かが渡すだろうから、
医師はどんな顔をして受け取るのか、
その現場だけはしっかり見ておこうと思う。



  

Posted by 仲村清司 at 10:38Comments(12)

2009年12月02日

トイペと幸せレベル

「幸せってなんだろう?」
と、いつになく悶々と考えていたら、
タイミングよくさんまのCMが流れてきた。

「幸せってなんだっけ♪、なんだっけ♪、うまい醤油がある家(うち)さ♪〜」

確か、以前は「ポン酢醤油のある家」だったような気がするが、
考えてみれば、幸せというものは、確かにそういうものかもしれない。


そのぶんでいくと、僕の場合、
「幸せってなんだっけ♪、なんだっけ♪、トイペがたくさんある家(うち)さ♪〜」ってことになる。

プール付きの豪邸で暮らすことが幸せだなんて
思ったことはみじんもないが、
根が貧乏性なのか、
トイレの戸棚にトイレットペーパーがずらりぎっしり並んでいるときは、
「まだまだやっていけるな」としみじみと幸福感を感じるのだ。


僕の「幸せレベル」はたかがそれぐらいのことだが、
糊口を凌ぐ生活をしていた頃は、
トイレットペーパーを確保することすら不自由し、
近所のスーパーのトイレからしょっちゅう失敬していたのだ。

なんせ貧乏人にとっては、
トイレットペーパーの料金は定食一食分と同じくらいする
以外と高い買い物だったからね。
なので当時は、
(どん底の貧困になるとお尻すらふくことができない……)
心底、貧乏のこわさを知ったものだ。

そのときのことを考えれば、
どんなに苦しい事態に陥ったとしても、
トイペさえあればしのげる気がするなあ。

ちなみに、トイレットペーパーはマックスバリューの
PB商品、「シングルの18ロール入り・398円」がいちばんのお気に入り。
この貧乏性は一生抜けそうにない。

  

Posted by 仲村清司 at 12:57Comments(5)

2009年12月01日

君を抱く気にも……

日本の正しい秋空のもとで、真っ赤に染まる紅葉が見てみたいねえ。
そんでもって、山間のいで湯にゆったりと身をしずめたい。

湯上がりは汗をふきふき、よく冷えた瓶ビールをプハー。
そう、山の宿に生ビールは似合わないのです。

で、山菜の天ぷらなんぞをつまみながら、
ぬる燗片手に、風呂上がりの君を待つ。

軽くあぶった蕎麦味噌でちびちびやっていると、
「お待たせ……」と、すすきのかんざしをした浴衣の君がふすまをあける。

そうして、君は僕にしなだれるようにもたれかかり、
「もういっぱいいかが……」なんていってくれるのだ。

さしつさされつ、
あぁ、二人してほんに上燗。
それにしても今宵の君は耳たぶまで火照って、妙に色っぽいじゃないか。

僕は僕で あぐらをかいて……
君の頬と耳は まっかっか。
あぁ風流だなんて
ひとつ 俳句でもひねって

部屋の灯を すっかり消して
風呂あがりの髪 いい香り
上弦の月だったっけ
久しぶりだね 月見るなんて

僕はすっかり 酔っちまって
君の膝枕に うっとり
もう飲みすぎちまって
君を抱く気にも なれないみたい

そうかあ、
「旅の宿」は晩秋の曲だったのだなあ。


  

Posted by 仲村清司 at 21:18Comments(7)